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2019年3月

2019年3月31日 (日)

田舎暮らしの中で

夕方から町内の有志が立ち上げたボランティア組織の総会があった。ボランティアと言っても町内の美化活動が主な活動で、内情としては親睦が目的の小さな集まりだ。父が会員だったことから、会長さんから熱烈な勧誘を受けて数年前から会員となった。総会では年間の活動報告と来年度の活動計画、会計報告が行われ承認された。その後は、炭火焼きの海鮮料理や家庭で作った一品料理を囲んでの、ざっくばらんな懇親会となった。農家の倉庫に仮設のテーブルと椅子をしつらえて車座でお酒を飲む光景は牧歌的とでも言える。会員の多くはサラリーマンをリタイヤした60代から70代の先輩方で私などは、この会では子供扱いされている。この会に属しているお蔭で神社の豊穣祭や町内の行事など気後れせずに参加出来ている。「郷に入れば郷に従え」とはまさにこのことだろう。一方、田舎暮らしを始めて人間関係が意外とデリケートなのに驚くことがある。噂の伝達速度と情報量の多さには尚更驚かされる。今日も耳から様々な情報が入って来たが、大方は関心の無いことばかりだった。時として余計なお世話と思われることを、いかに上手く受け流すかが田舎暮らしの極意なり。

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2019年3月30日 (土)

花ひらく

ソメイヨシノの花が咲き始めた。ピンク色の蕾から五弁の花が開くと白くなる。この花が咲くと暖かさが本物になる。なぜだか分からないが、そわそわした気分になる。プロ野球も開幕してスポーツ新聞の一面も賑やかになった。ところで今朝6時前に九州南部で地震があったそうだ。深刻な問題を抱えているとしたらソメイヨシノの花をどのような気分で眺めるのだろう。花が気分を変えることもあれば、気分が花の印象を変える時もあるだろう。花はただ花を咲かせているだけなのに人間はそこから様々な思を描いていく。

花よ花、花は花、私は私、私よ私。

 

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2019年3月29日 (金)

セレンディピティ

知人の男性と旅行の話をしている時に、セレンディピティ(Serendipity)という言葉を聞いた。頭を過ったのはかつて観たことのある映画のタイトルだった。もう二十年近く前の映画だった。セレンディピティとは、素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。または、何かを探している時に、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけることなのだそうだ。映画では偶然をきっかけに二人の男女が幸せをつかみ取るというストーリーだった。

知人の男性は旅行の中に潜むセレンディピティを愉しんでいる。私は不思議と人との巡りあわせに恵まれていると自分では思っている。人の出会いと言うのは偶然なのか必然なのか、はたまた奇蹟なのか、突き詰めてみると曖昧なものだと思う。人生の先輩の言葉と出会えることもセレンディピティの一つ。先日ラジオを聴いていたら、「今更ではなく、今から」という言葉を聴いた。なぜかこの言葉を頭の中で復唱していると「自分にもできることがあるのかも知れない」と思えるようになった。「よし、やってみるか」という気持ちが芽生えてくる。理屈ではなくて言葉には力がある。良き師とは思わぬところで出会うものだ。たまたま早く目覚めた日のラジオ番組で聴いた言葉が何かを変えることもある。

2019年3月24日 (日)

文学碑散歩(八幡東区中央・高炉台公園)

春は甲子園からではないが、めっきり春らしい風が吹くようになった。今日は自宅から歩いて同じ区内の高炉台公園に、川柳作家・上野十七八(うえの・さかり)の文学碑を訪ねることにした。高炉台公園は昨年の10月21日に佐木隆三さんの文学碑を訪ねて以来となる。ついこの間、同じ道を歩いて高炉台公園に行ったようであったが、もう5か月も前のことだったかと過ぎ去った時間の速さを恐ろしく感じる。
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ちょうど一時間歩くと高炉台公園の入り口に到着した。すでにどこに上野十七八の文学碑(句碑)があるのかは知っているので公園内を探し回ることは無い。若い親子がキャッチボールをしていたり、女子高校生と思しき20人ほどが揃いのスポーツウェアを着てゲームをしていたり、長閑な日曜日の公園である。高台に位置する公園の広場から見えるのは遠く若松の山並み、洞海湾は見えないが八幡製鉄所の工場群、そしてJR鹿児島本線の線路など、かつては製鉄の街と言われて七色の煙が空を染めていたとは想像できない美しい眺めだ。
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上野十七八は官営八幡製鉄所に勤務して、戦前から戦後の約13年に渡って、製鉄所内の川柳結社「川柳くろがね吟社」の会長を務める傍ら、各地の選者として活躍して後進の指導に当たるなど人望のある人だったらしい。句碑には「夜の眺め昼のながめも大八幡」と刻まれている。上野の堂々とした筆跡は「健吟振りは全国を通じて追随する人をおかず」(句碑解説文)の表現に相応しいものだ。
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太平洋戦争時は特高警察に呼び出されて句の解釈で追及を受けることもあったという。そもそも川柳とは人情、風俗、人生の弱点、世態の欠点を穿つものだから、戦争批判的とも取れる句を警戒して特高警察が目を光らせていたのだろう。
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さて、この句碑が建立されたのは昭和37年6月というから私が生まれる5か月前のことである。そして上野が61歳の時のことである。それから約57年が経過している。文学碑散歩を始めてからつくづく思うのは石の命と言うものがいかに長いかということだ。それに比べて人間の一生はいかに短く儚いものだろう。上野十七八は77歳で生涯を終えている。「生きた川柳、新鮮ではつらつとした川柳を心がけねばならぬ」、「川柳は文字の遊戯であってはならない」と言い続けた上野の思いを受け継ぐ川柳作家と出会ってみたい気がしてくる。
帰りに「あの人に会いたい、いるだろうか」と思いながら、公園の売店「スペースK」に立ち寄った。一杯150円の熱々のドリップコーヒーを飲みながら女性店主と絵画の話や家族の話をしていると、昨日知人から聞いた「セレンディピティ(serendipity)」という言葉を思い出した。人であれ、石(文学碑)であれ、偶然とは素晴らしいものだと思えてくる。本日の歩数は15,896歩なり。(2019年3月24日)

 

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2019年3月23日 (土)

丁寧な仕事

吹く風に寒さを感じてマフラーをして外出した。いつも週末に決まったお店にワイシャツのクリーニングを出す。住宅街の中にある小さな個人経営のクリーニング屋さんだ。ご主人か奥さんのいずれかが花が好きなのだろう、店の花壇には黄色のパンジーが植えられていた。お店の扉が閉まっていて施錠されていたので、今日はワイシャツ3枚を預けられなかった。ご主人は私よりも少し年上だが足が不自由になって仕事も大変なようだ。それでも頑張ってアイロン掛けをしている姿を見ると他の店にクリーニングを出そうとは思わない。値段は少し高いがボタンが割れたり、襟にシワが残ったりすることは無い。丁寧な仕事をする職人さんだと思って付き合っている。季節の変わり目は体調を崩しやすいものだ。ご主人に変わりがなければ良いがと思いながら店を後にした。
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〈庭に咲いているスノーフレーク(鈴蘭水仙)〉

2019年3月22日 (金)

すみれの花咲く頃

自然の近くに住むと言うのは雪月花から様々なインスピレーションを享受できる。昨日ラッパスイセンをスマホで撮った後、切り立った3メートルほどの崖に野生のスミレを見つけた。
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「すみれの花咲くころ 初めて君を知りぬ 君を想い日ごと夜ごと 悩みしあの日のころ・・・・・」。宝塚歌劇団が歌う有名な曲が口をついて出てくる。春はスミレの花の咲く頃でもあり、それと共に昔の思い出が蘇るという内容の歌詞だが、切ない思いが美しい旋律で歌われるとなぜか心のときめきを覚える。
「すみれの花のさくころ 今も心ふるう 忘れな君 われらの恋 すみれの花咲くころ」。ヨーロッパではライラックの花が春を告げるのだろう。紫のスミレの花言葉は「愛」。

2019年3月21日 (木)

心づかい

雨のお彼岸となった。標高200メートルに位置する我が家の周りではハクモクレンが開花を迎えている。街に比べると一週間ほど遅いのは気温や日照時間が影響しているのだろう。さて、裏庭の段々とした土手にラッパスイセンがひょっこりと咲いている。この時期に黄色いラッパスイセンを見ると心が和む。比較的大きな花弁は清楚で気品すら感じる。原産地は地中海沿岸で西ヨーロッパに広く分布しているということだ。日本には平安時代に中国から渡来したと考えられているらしい。ちょっとパソコンで調べるだけでも多くの情報がもたらされる。意外にも知らなかったがラグビーの強豪国ウェールズの国花というのには驚いた。花言葉の一つに「心づかい」というのがあった。嬉しさの向こう側にはささやかな心づかいがあるものだと思う。雨も小降り、さてお墓参りに出かけるとしようか。
             ラッパスイセン雨に打たれてのびのびと
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2019年3月17日 (日)

蔦葉海蘭

日本各地の名酒を扱うお店に立ち寄ったところ、お店の前にある小学校の石垣に綺麗な小さな紫の花が咲いていた。何かしら見過ごすことが出来ずにスマホで幾枚かの写真を撮った。果たして、その花の名前はツタバウンラン(蔦葉海蘭)というこが分かった。パソコンで調べること数十分で判明した。
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ヨーロッパ南西部から中部を原産とする多年草でオオバコ科の植物。別名、ツタガラクサ、ウンランカズラ。ほふく性が有り、開花は初夏から夏とのこと。大正時代に鑑賞用として日本に持ち込まれたものらしい。
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こういう小さな花が実に心を癒してくれる。生命と言うのは儚いものではあっても、生きている証を立てようと懸命に花を咲かせている。父の手を握り、母の手を握り、慰め励ました帰り道の出来事だ。
     石垣の蔦葉海蘭風にゆれ

2019年3月15日 (金)

トライ

帰宅途中、西の空に入道雲のような雲が見えました。急な寒気の流れ込みで冬に戻ったかのような寒さがある一方で空の色は淡い水色。
   雨上がりクジラの如き春の雲
五七五に無理やりまとめました。見たまま、感じたままを17文字にしただけのことです。
こう言うのを、チャレンジとは言わずトライというのでしょう。
この二三日、肩こりがしているのは怒りっぽくなっているからだと分かります。苛立ちの裏側には自分の思い通りにならないことに対する欲求不満があります。でも、冷静に考えれば過剰な期待を描いた自分の思い上がりが原因なのです。その人には、その人なりの能力があります。それは、年齢でもなければ、役職でもありません。
時々空を見上げて五七五。笑顔、笑顔。微笑めば眉間の皺も伸びて肩の力も抜けるもの。楽しいことを考えていると元気も出てきます。レッツ・トライ!

2019年3月13日 (水)

春の雲

春の空に浮かぶ雲を「春の雲」と言って俳句の季語になっていることを知った。「何もなく過ぎしがごとし春の雲 横光利一(よこみつ・りいち)」という俳句が新聞のコラムにあった。空を見上げてみると確かに「春の雲」があった。なんだかのんびりとした気分になるような柔らかい白い雲。目に見える世界でも心の目で見るようにしないと見逃している季節の断面がある。春の雲が親しい友達のように見えた。そこには包み込む安らぎのようなものがあった。

2019年3月10日 (日)

守り抜く

守り抜くには勇気が必要だと、この映画は教えてくれた。人にはそれぞれ大切にしたいものがあるはずだ。そのために目に見えない多くの犠牲を払っていると言えるのかもしれない。
さて、雨の日曜日に本年度アカデミー作品賞に輝いたピーター・ファレリー監督「グリーンブック」(字幕・戸田奈津子)を観た。黒人天才ピアニスト、ドクター・シャーリーとイタリア系の用心棒兼運転手のトニーが繰り広げる演奏旅行は様々な美しいシーンで彩られていく。
笑いと涙が売り物ではないシリアスなヒューマンドラマ。愛する妻と子供を置いて2か月の演奏旅行に付き合うことになったトニーにとって必要だったのは生活のためのお金。黒人がクラッシック音楽の世界に踏み込むことが困難な時代に、人種差別の色濃いアメリカ南部で敢えて演奏することにしたドクターにとって必要だったのは何だったのか。
舞台となったのは1962年(昭和37年)のアメリカ南部。演奏旅行は人種差別による障害やトラブルに見舞われる。その中でトニーとドクターに芽生える信頼と友情には、互いの人生経験が絡まっていく。一途な男(トニー)と一徹な男(ドクター)は最後まで大切なものを守り抜く。素晴らしい映画だった。ドクターの弾くショパン(エチュード第23番イ短調「木枯らし」)はきっと胸を打つことだろう。
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2019年3月 9日 (土)

ある一つの答え

先日のこと。慌ただしい朝の時間にNHKのニュース番組を観ていると、東日本大震災で命を失った26歳の女性の手帳が画面に映し出された。その手帳の余白に書かれていた言葉はこうだった。
「人生をたのしむコツは、やりたいことをするのではなく、やることを好きになる」。テレビの映像はわずかな時間で次の映像に変わるので、正しくメモに書き写せたかどうか分からない。亡くなった女性は市役所で老人介護に関わる仕事をしている人だった。若い女性の多くが老人相手の仕事をしたいはずは無い。しかし、老人相手の仕事を好きになることは不可能ではない。津波に襲われた時も逃げ遅れた老人を助けようとしていたそうだ。
女性のお父さんが「娘に教えられた」と言った言葉が重く心に残った。「やることを好きになる」ということは一つの答えだが、その前のプロセスが大切なのだと思う。それは「一生懸命」、「無我夢中」、「無心」の行動であり、その行動の前には「素直な心持ち」ではないかと思う。そう、人生を楽しむには素直な心、柔らかい心が必要なのではないだろうか。
最近は仕事で人に厳しく接することが多くて楽しいことが少ない。しかし、若い後輩たちと接すると心が柔らかくなる。「老いては子に従え」とは、「若い人の姿を見習いなさい」ということではないだろうか。ここにも一つの答えがあるように思えてくる。
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                 〈紅茶のお店のテーブル席にて撮影〉

2019年3月 3日 (日)

謀略智略

雨の休日、話題映画の一つである「女王陛下のお気に入り」を観た。ある程度覚悟はしていたが絢爛豪華な宮廷物語の裏側は陰湿な権力闘争そのもだった。絶体君主であるアン女王と側近官僚の抜き差しならない愛憎劇は、見てはならない世界を見たという怖さを感じた。何しろ女性が女性を陥れたり、女王との肉体関係までが、権力欲が主なる動機となるところが凄まじい。
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アン女王を演じたオリヴィア・コールマンはこの作品でアカデミー主演女優賞を受賞した。女王の側近を演じたレイチェル・ワイズ(サラ役)、エマ・ストーン(アビゲイル役)はいずれも美人女優だが、この二人の闘争劇はまさに仁義なき戦いで、美人も一皮むけば冷血な鬼女ともなることを証明して見せた。三女優の演技は「迫真」と言わざるを得ない。
18世紀のイングランドがいかような国家であったのか。その歴史を垣間見ることによって、時代を生き抜くことの過酷さが滲んでくる。怖い映画だったが現実はもっと怖いものだと思えてくる。ザ・フェイバリットとは言うものの、うかうかと近づいてはならない世界がある。

2019年3月 2日 (土)

気付かぬことの多さ

若い頃に似ていると言われた俳優がテレビに映った。その男優の若い頃の面影をテレビの画面と重ねてみたが、「変わったなあ」という言葉がつい出てしまう。それだけならまだしも「年を取ったなあ」と追い打ちを掛けている。即ち、それは自分自身への言葉なのだと気づくとちょっと切ない。
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さて、そのテレビ番組はNHKのBS時代劇「小吉の女房」という勝海舟のお母さんが主人公の物語だ。昨日は最終回だったので、何とかして観たいと思って残業を早く切り上げて帰宅した。勝家の女房こと、お信役の沢口靖子、勝小吉役の古田新太、そして登勢(おばばさま)役の江波杏子が貧乏な勝家を舞台に家族愛と知恵、そして笑いと涙で事件を乗り越えて行く。
江波杏子さんは昨年の10月に76歳で亡くなった。最初は「このお婆さん誰だろう」と思う程、年を重ねた女優の顔が昔の凛とした顔と一致しなかった。江波さんは美人だった。しかし、おばばさまになった江波さんの演技は素晴らしかった。また、沢口靖子さんの声は張りがあって、物語を爽やかな空気で満たしていた。女優も男優も年を重ねて味が出るものだと思う。
人生経験で知ることは。世の中知らぬことばかり。遅まきながらやっとこの頃分かり始めたことに気付いている始末。気付かぬことの多さを嘆きながらも、一つでも多くを知ろうという風に気持ちを切り替えている。
庭の椿も数種類がある。それぞれに持ち味がある。
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